枕飾り

神棚には白紙(白い半紙)を貼る習慣が多く見られます。これは神道が穢れを避けることから、死穢が神棚におよばないようにということで行い、忌みがかかっていない他人に頼んでやってもらうこととされ、忌明け後に取り除きます。仏壇の扉は開けておくのが基本とされています。

〇守り刀

遺体の枕元あるいは遺体の上に守り刀、刃物を置く習慣があります。

死者が武士の場合に枕元に刀を置いた名残であるとか、魔除けや死霊に対する鎮魂のため、死者の魂が持ち去られることを防ぐためなど、さまざまな言い伝えがあります。このため遺体の上に置く場合でも刃先を足の方向にするか、直角に置くか、など地方により異なります。浄土真宗系では使用しません。

〇逆さ屏風

古くからの習俗で、遺体の周囲に屏風を上下逆にして立てることです。死の世界は日常の世界とは逆であるとの考えから、上下を逆にすると言われます。屛風をめぐらすのは、遺体を悪霊から守るため、あるいは死霊が周囲の人におよばないように、など土地により相反する言い伝えがあります。

〇枕飾り

遺体の枕元に、上に白布を敷いた小机か、白木の台を用いて荘厳(=お飾り)します。枕飾りのときに置く仏具は、宗教や土地により異なります。一般的には三具足を供えます。香炉を中央に、遺体に向かって右側に燭台を置き、左側に花立てを配します。香炉には線香を1本立て、燭台には白い一本ロウソク、花立てには一本樒を飾ることが一般的です。これらは1本が原則とされます。供え物には、浄水、枕団子(三方に白紙を敷いて6個の団子を載せる)、枕飯(一善飯、故人愛用の茶碗に丸く山盛りにして箸を1本立てる)などがあります。

浄土真宗系の場合には、遺体に供えるものでなく不要とされますし、線香を立てないで適当な長さに折った線香に火をつけ香炉に横に寝かせる、遺体を仏壇の近くに安置し、前卓に白の打敷を敷いて、樒を立て、灯明をあげ、香を焚くなどの荘厳をします。

枕団子や枕飯などの食べ物を供えるのは、諸説ありますが、霊魂が善光寺参りをするための弁当であるなどと言われており、亡くなったらすぐ作るものとされています。また、香やロウソクの火は消さないようにするものとも言われています。

〇四華

四華は四華花、死華、四花、紙花などと書き、シカ、シカバナといわれます。釈尊の死を悲しんで、沙羅双樹林が白変し、その遺体を覆ったとする故事に基づくとされています。

一般的には、白紙を細長く切り、横に細かい刻み目を入れて、細い棒に螺旋状に巻き付け、4本を一つの台に挿して、2台を一組とします。地方により作り方が異なります。

〇忌中札

玄関に「忌中」と書いた札を揚げることもあります。死穢を他におよぼさないように告知し、遺族は死の穢れに染まっているのでこもっていることを知らせることからきたものです。現在では死者の出た家であることを告知するという現実的な意味が強くなりました。

さまざまな形式がありますが、簾を裏返しにして垂らし、その上に「忌中」と書いた紙を貼ることもあります。昔の死穢観念の名残であるとして用いないこともあります。

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見積

基本方針を基に、必要に応じて提案書を作成します。相手の意向を充分に組み込み、同時に相手の予算を満足させるように作成します。提案書は、一般的な個人葬の場合には、遺族の目の前で一つ一つ提案しながら作成していくことが多いですが、口頭で説明して理解できないものについては、写真を示したりするなど、理解を得ながら進める必要があります。その場で満足した提案ができないときには、当面の措置をしておいて、時間をもらい、改めて作成・提出するのが望ましいことです。

 

費用の見積の際には、寺院費用なども含めた遺族側の総予算を念頭に入れ、そのうえで無理のない金額にまとめなければなりません。

また、施行費用の他に遺族が頭に入れておくべき費用(寺院費用、飲食接待費用など)について充分な情報提供をしておく必要があります。

 

見積には、基本セット料金方式と積み上げ方式とがあります。

1.パンフレットまたは写真など内容が理解できるものを用いて説明して理解を得ます。

2.セット方式では、セットに含まれるものとそうでないものとを明確に区分します。

3.セット内の一部を取り替える場合、削除する場合の措置を説明します。(棺だけを取り替える場合、差額請求方式か、セットをもちいられないかなど)

4.セットに追加すべきものがあるときの措置を説明します。(追加用の単価×数=追加料金、など)

5.セットにない物品やサービスを選択するときの条件を示します。

6.施行料金には含まれない立替料金について説明します。(霊柩車、火葬、マイクロバス、式場使用料、など)

7.合計費用を計算し、提示します。(セット料金方式の場合でも、追加その他の費用を併せて計算し、必ず合計費用の見積書を提示)

8.見込み予算との関係を調整します。

9.寺院関係費用など、その他の費用との関係を調整します。

 

見積書を作成し、遺族側の了解が得られたら、請書を発行します。

請書は見積書と複写方式にしておき、業者の記名と押印、遺族側の記名(押印)をしておきます。これを交換することにより、業務委託契約の証とします。

このとき、後の精算の際にトラブルが起きないよう、物品やサービスの追加・変更の要請があったときの措置を決定しておきます。

また、遺族側との日常的なつき合いから信頼関係ができていて、遺族から「任せる」と言われた場合でも、万が一トラブルがあった場合に困ることになりますので、業者の責任として見積書の作成、請書の作成は必ず行います。

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打合せ

打ち合わせに入る前には挨拶し、名刺を出してきちんと名乗る必要があります。その上で、打合せをする相手が誰か、故人との関係もきちんと確認する必要があります。決定権のない人と打ち合わせをして、後から行き違いがあってはいけません。また、相談する相手は1人とは限りません。場合によっては僧侶、牧師といった宗教者を交えて行うことのほうがいいこともあります。信頼できる第三者を加える場合もありますので、遺族の状況を判断し、相手の意思を充分にくみ取って決めるべきでしょう。

 

「喪主」と「施主」は一般的には葬儀を主宰する人という意味で同じように用いられますが、厳密には異なります。

施主は布施する人ということから転じたと言われ、葬儀の金銭面の負担もして運営の責任を負う人です。戸主が亡くなり跡継ぎの長男が未成年のとき、叔父が後見人となり運営の責任を負うなどの場合、長男が喪主、叔父が施主になります。社葬の場合には、喪主は遺族で、施主が企業になります。

喪主を誰にするかは、戦後の民法の改正により、家の祭祀権を承継する者と遺産の相続とは分離されたため、本人が祭祀主宰者を指定すれば誰でもよいことになりました。そこで、故人が指名した人がいないかを確認しておきます。

もし本人が指名した人がいない場合には、世帯主以外が死亡したときには世帯主、世帯主が死亡したときはその配偶者または子どもとするのが一般的です。まれに複数(配偶者と長男、子どもたち等)が共同で喪主を務めることもあります。

 

打ち合わせになると、すぐ祭壇の大きさや費用の見積に入るケースが少なくありませんが、まず遺族の葬儀に対する思いを聞き取ることが重要になります。故人はどういう人だったのか、葬儀に対して言い遺しておいたことはないのか、故人に対する遺族の想いなど、にまず耳を傾けることが必要です。遺族は精神的な衝撃を受けていることが少なくないため、その想いを相手に吐き出させることが、心の傷の癒しにとっても重要なことなのです。「打ち合わせの場は最初のカウンセリングの場」という考え方もあるほどです。

葬儀の施行を引き受けるにしても、遺族の想いを充分に理解し、遺族の想いに耳を傾けて、初めて葬儀の相談に入ることが可能となるのです。

 

遺族にすれば葬儀の経験はあまりないのが一般的です。業者には、消費者契約法により説明責任・情報提供責任が課せられています。注意すべきことは、選択し決定するのは遺族の権利だということです。アメリカでは、消費者保護のため、料金の提示をする際どれにするかを勧めてはならないと法律で定められています。

日本の消費者契約法においても、消費者の主体的な選択・同意が条件になっています。葬祭業者には、遺族が主体的に選択・決定できるだけの情報を消費者の目線で提供する責務があるということです。

 

葬儀を考える際に、最も重視すべきことは「故人中心」ということです。送る者が故人に想いを集中することが良い葬儀を実現するポイントになるのです。ですから、故人が生前言っていたこと、書き残したことなど、故人の考えを中心に進めたとき、葬儀もうまくいくケースが多いようです。最近では自分の葬儀の仕方について、生前予約まではいかないにしても、生前に本人が希望を表明するケースが多くなっています。

 

見積もりに入る前に、相互の考え方にくいちがいが生じないように「基本方針」を確認することが必要です。葬儀業者も、遺族の考え方や意向を理解することができます。

「基本方針」は記録しながら進めます。決して「急がせられた」「押しつけられた」と相手が感じないように、要領よく進めながらも理解を得ながら、遺族があくまで選択・決定する形で行います。生前予約、企業・団体契約、互助会掛金などについては、事前に確認し、その扱い方法を選択してもらいます。

 

「基本方針」の内容は、

①宗教

故人の信仰を最優先し、特にない場合には檀那寺に依頼するか、あるいは特定宗派によらない方式(無宗教)で行うか、または適当な宗教に依頼するかを決めます。

檀那寺に依頼したいが遠方のときは、まず檀那寺に連絡して別の寺院の紹介を受け、その紹介を得られないとき、同じ宗派の寺院を斡旋するという手順で進めます。

葬祭業者は、紹介依頼を受ければお手伝いするが、基本的には遺族が責任を負うべき問題とする姿勢が必要です。その際は遺族のためになる信頼できる寺院・教会を紹介するよう努める必要があります。

⓶方式

個人葬か社葬・団体葬か、会社・団体や町内会などとの関わりをどうするか、身内だけの密葬にするか、改めて本葬あるいは偲ぶ会のようなものをするのかなどを決めます。

③式場

会葬者の予測人数、葬儀の方式などを考慮し、自宅や寺院でするか、民間斎場や火葬場付設の式場、集会所を利用するかなど検討し、遺族の希望を確認します。

④日程

寺院などの都合、家族・親族への連絡や集合の都合、地域社会での行事の都合(祭などとぶつからないか)、式場や火葬場の都合などを考慮して決めます。葬儀期間中の日程表(時刻表)を別にパソコン等で作成し、遺族・関係者に渡しておくようにします。

⑤告知

町内会への連絡、企業・団体への連絡、新聞広告の有無などを確認します。

⑥接待

通夜振る舞い、火葬場での茶菓子、料理、供養品、香典返し、など参列者、会葬者への接待方法、数量を確認します。

⑦設営

祭壇、式場設営などについての希望を確認します。彫刻祭壇、脇生花、生花祭壇、オリジナル祭壇など基本的な希望を確認します。また、写真を用いてのメモリアル(思い出)コーナーのようなものを設営するか、ビデオ放映するか、なども確認します。

➇予算

香典を受け取るか、考えている予算の範囲、その予算には寺院関係費用、接待関係費用も含むかなど確認します。

⑨希望

遺族の側に特別な希望や心配事がないかを確認します。

⑩優先順位

予算その他により、希望が満たされないことが明らかなときは、それを指摘して、どれを優先して考えるべきかの判断を求めます。

⑪役割

受付、接待、その他、町内会、企業などの役割を確認します。

⑫その他

遺影写真、家紋(必要なとき)礼状の作り方などを確認します。

 

最後に基本方針の確認を行います。記録したものを改めて読み上げて確認をとります。

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遺体の引き取り、安置

1.病院受付またはナースステーションに出向いたことを報告し指示を仰ぎます。

2.担当の医師または看護師に挨拶し、遺体、遺族の確認をします。

3.遺族に挨拶し、電話内容の確認、その他必要な内容の確認を行います。

4.遺体にていねいに一礼してストレッチャーに載せます。(必要な場合には納棺を行います。)必要に応じて遺族にお手伝いを依頼します。

5.担当医師、看護師に挨拶して遺体を搬出します。

6.遺体を車に入れるときには、頭部を先にします。

 

〇注意すべきこと

1.遺体の状況、感染症の有無など、できるだけ病院側から情報(守秘義務あり)を聴取します。

2.遺族に業務の依頼内容を改めて確認します。

3.遺族の心痛に充分な配慮をします。

4.遺体の扱いについては充分な礼をこめて行います。

5.訪問時刻の厳守はもちろんですが、事情があり遅れると判断したらできるだけ早く連絡しておきます。

6.遺族に遺体の安置先の準備を依頼しておきます。

 

〇遺体の安置

1.到着の挨拶を行い、安置場所を確認します。

2.遺体の搬出、移動には必要に応じて遺族にお手伝いを依頼します。

3.安置する際には、遺体の頭部を北向きまたは部屋の状況に応じて判断します。(「枕直し」と言い、仏式においては釈尊が入滅したときの「頭北面西右脇臥」の姿勢にならい、頭部を北にし、顔を西に向ける姿が基本とされます。そのことを承知のうえで遺族と相談して決めます。キリスト教などの場合には関係ありません。)

4.枕飾りなどの準備をします。

5.遺体に一礼し、遺族に挨拶します。

 

〇遺体安置で注意すべきこと

1.遺体を傷めないように、冬であれば安置している部屋の暖房を切ってもらうようにします。

2.腐敗が進まないように、敷布団は1枚に、掛け布団も薄いもの1枚にするようにします。(民俗的な習慣から、死者の世界は逆だとして掛け布団を上下逆にすることもあります。)

3.仏式の場合には、両手を胸で合掌させ、数珠を持たせます。(この段階で顔に白布を被せることには諸説あります。土地の習慣などから判断し、遺族と相談して決めるとよいでしょう。)

4.習慣は承知している必要がありますが、安置する部屋の状況や遺族の考えも考慮して、適切に判断して進める必要があります。

5.搬送した際に脱脂綿などが脱落して体液などが漏れたり、髪が乱れたりすることがあるので、点検して整えておきます。(ゴム手袋を着用すること)

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受付

依頼の最初はしばしば電話で行われます。このとき家族は気が動転していたり、どうしてよいかよくわからず不安になっていたりします。受け付ける者はおちついて、相手の言ったことの内容を繰り返し確認しながら必要な事項を聞き取っていき、その都度、記録にとることが必要です。

聞き取り、確認すべきことの概要はつぎの通りです。

①電話をかけてきた人の名前、故人との関係、連絡先の電話番号

電話をかけてきた人は家族とはかぎりませんので、その確認をします。後から連絡する必要があるときのために連絡先も確認します。

⓶故人の名前と年齢、性別

故人の確認をします。名前については漢字まで確認します。

(例)上田義雄(上下のウエ、義務のギ、など)

③亡くなった場所、遺体の現場の安置場所

死亡地と現在の遺体の安置場所が同じとは限りません。

④現在の遺体安置場所の住所、電話番号

病院であればその名称と場所、電話番号、病室か霊安室かなど。

⑤遺体搬送が必要な場合、搬送先の名前、住所、電話番号

⑥遺族の住所が、④、⑤と異なるとき、世帯主の名前、住所、電話番号

⑦亡くなった状況

病死あるいは自然死か、事故死かなど。死亡診断書あるいは死体検案書が交付されているか。主治医による診断書が済んでいないときには医師への連絡、あるいは警察への連絡をアドバイスします。

➇遺体状況

解剖されるのかどうかを確認します。ストレッチャーでいいのか、棺を用意するのかを判断します。

⑨遺体搬送をするのかどうかの確認

遺体搬送は病院指定者が行う場合もあるため、明確にしておきます。

⑩宗派の確認

枕飾りの用意などもあるため、宗派がわかっている場合にはそれを聞いておきます。

⑪当社への依頼の理由

なぜ当社に依頼してきたのか、前に家族が葬儀をした、〇〇さんの紹介、互助会に入っているから、など今後の対応もあるので確認しておきます。

 

〇家族からの依頼への応答

1.相手は不安ですから、何時に指定先にうかがうか、明確に回答しておく必要があります。準備や問い合わせが必要で即答できないときには「改めて〇分後、〇時〇分にお電話します」と時刻を指定して回答します。

2. 遺体の搬送先が自宅の場合には、遺体を搬入できるスペースの整理を依頼しておきます。

3, 詳細の相談はうかがったうえで行うことを話しておきます。

4. 相手が特に心配、不安に思っていることがあればそれを聞いておきます。

 

〇病院から依頼された場合の確認事項

事務的内容を確認する必要があります。

①出向き先の確認

病院名、病室(あるいは霊安室)。地域の病院の住所、電話番号は予め一覧表にしておきます。

⓶担当者の確認

事務、医師、看護師など担当者名を確認します。

③故人の名前と年齢、性別

④遺族の名前、住所(電話番号)

⑤依頼内容の確認

搬送だけか、施行までかなど。

⑥出向き先の確認の時刻の確認

相手先の希望する出向き時刻の確認。

⑦搬送先の確認

④と同じか、違う場合には名前、住所(電話番号)

➇遺体の状況

解剖されるのかどうかを確認します。ストレッチャーでいいのか、棺を用意するのかを判断します。

⑨その他、注意すべき内容

聞き取った内容は、その都度記録にとり、復唱して確認することが必要です。

 

〇病院からの依頼への応答

1. どこに、いつ、誰のところにうかがうのかを確認します。

2.  事前に確認できることと、うかがった後に遺族に調節確認すべきこととを明確に区分しておきます。

3.  準備すべき内容をわかる範囲で明確にします。
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臨終

〇死亡診断書(死体検案書)の確認

法律的には、死は医師による死亡診断書または死体検案書の交付をもって確定します。したがって遺体の取り扱いにあたっては、まず死亡診断書または死体検案書が交付されていることを確認する必要があります。

〇死亡届

死亡について知っておくべきことは次のことです。

1. 死亡の届け出は、届け出義務者(2.参照)死亡の事実を知った日から7日以内(但し、国外で死亡した場合には、死亡の事実を知った日から3カ月以内)に行わなければなりません。(戸籍法第86条第1項)

2. 死亡届を届け出る義務のある人は、順に、①同居の親族、②その他の同居者、③家主、地主または家屋若しくは土地の管理人、となっています。(戸籍法第87条第1項)

3. 死亡届は、届け出義務者の順にかかわらず行うことができます。また、同居している親族以外の親族でも行うことができます。(戸籍法第87条第1、2項)

4. 死亡の届け出は、死亡した本人の本籍地、届け出人の居住地以外に、死亡した土地の市区町村で行うことができます。(戸籍法第88条第1項)

5. 死亡地が明らかでないときは、死体が最初に発見された地で、汽車その他の交通機関の中で死亡があったときは死体をその交通機関から降ろした地で、航海日誌を備えない船舶の中で死亡があったときは、その船舶が最初に入港した地で、死亡の届け出をすることができます。(戸籍法第88条第2項)

市区町村の戸籍係への死亡届の提出は、届け出人以外でも代行することができますが、届け出人の印鑑を持参する必要があります。また死亡届は24時間受け付けています。

〇死体火・埋葬申請書、許可証

1. 死亡届を市区町村に提出して受理された後、死体の火葬・埋葬許可の申請を提出します。死亡届を受理した市区町村はこれに対して許可書を発行します。(最近は死亡届を提出すると火葬許可証を交付する市区町村が多い。)

2. 埋葬(=土葬)または火葬は死亡後24時間以内はできません。但し、一類・二類・三類感染症を保持した遺体の場合には、原則火葬で、かつ、24時間以内であっても火葬ができます。

3. 火葬・埋葬許可証(最近は埋葬=土葬がほとんどないために火葬許可証と言われることが多い)は、死亡届を受理した市区町村が発行しますが、火・埋葬許可証があれば、どこの地であっても火葬(または埋葬)することができます。但し死亡届を提出した市区町村とは別の土地で火葬(または埋葬)をする場合は、願書が必要なことがあります。

4. 誰も火葬または埋葬する人がいない場合には死亡地の市区町村がこれを行います。

5. 火葬した後に墓地等に納骨(焼骨の埋葬または収蔵)する場合には火・埋葬許可証に火葬済みであることの証印を火葬場で受け、それを墓地等の管理者に提出する必要があります。

6. 分骨する場合には、火葬場の管理者より、分骨する数だけの分骨証明(=火葬証明書)を発行してもらい、分骨する際に墓地等の管理者に提出する必要があります。(分骨証明は、本骨の埋蔵または収蔵元の管理者から、埋(収)蔵証明書として得ることも可能。)

〇末期の水

死の際あるいは死亡直後に死者の口に捧げる水を「末期の水」あるいは「死水」と言います。方法はさまざまあります。

1.綿棒に水を含ませて唇を潤す。

2.割り箸に脱脂綿を巻き付け、それに水を含ませて唇を潤す。

3.新しい筆に水を含ませて唇を潤す。

4.茶碗の水に樒の葉や鳥の羽根、脱脂綿を浮かばせ、それで唇を潤す。

臨終に立ち会った人全員が行いますが、元来は蘇生を願う民俗的儀礼であると共に、一人一人が故人に別れを告げる大切な儀礼です。

〇遺体の病院での死後の処置

病院で亡くなった場合、看護師が遺体を消毒したり、整えたりしますが、これを「死後の処置」または「清拭」と言います。(「エンゼルケア」などといわれることもあります。病院で行われない場合には葬祭従事者の仕事となるので詳しく紹介します。)

目的は、死者の尊厳を守るためにきれいに遺体を整えることと、遺体に対して公衆衛生上の処置を施すことにあります。遺体からの感染を防ぐため、白衣、マスク、ゴム手袋を着用し作業します。

①準備するもの

綿(脱脂綿、青梅綿)、割り箸、ガーゼ、包帯、絆創膏、油紙、T字帯、剃刀、剪刀(外科用はさみ)、くし、ヘアブラシ、輪ゴム、清拭用具、消毒液(ヒビテンまたはクレゾール)、便器及び尿器、膿盆、着替え、シーツ、ガウン、マスク、手袋

②直後の処置

1.医師による死亡判定後、死者に一礼し、使用物品であるチューブ、器具類を取り除く。

2.義歯がある場合はつける。口を閉じ下顎を引く。顔面の汚れ等を確認し、目を閉じさせる。死者が身につけていた貴金属類は外して遺族に手渡す。

3.末期の水(死水)の準備(綿棒、水の入った湯飲み)をし、室外に去り、遺族に最後の対面をしてもらう。

4.家族に処置内容を説明し、以下、家族の希望によっては一緒に作業をする。

③内容物の排出と全身の清拭

1.胃の内容物の排出:掛け物を除き、顔の横に膿盆を置き、顔を横に向け、手の平で胃部を押さえて吐かせる。必要に応じて吸引する。

2.便・尿の排出:便器・尿器をあてて、下腹部に両手をあてて恥骨に向かって圧迫して膀胱や腸の内容物をできるかぎり出す。

3.清拭:全身を消毒液(または湯)で丁寧に清拭する。

④綿を詰める

1.割り箸を用いて<鼻><口><耳><肛門><膣>の順に綿を詰める。

2.綿の詰め方は、最初に脱脂綿、次に青梅綿を詰める。顔面の鼻・口・耳は再び脱脂綿を詰める。この際、外から綿が見えないように注意する。

3.肛門には綿を詰めた後、場合により紙オムツをあて、T字帯(場合により縦結びに)をし、下着を装着する。

4.顔面の様子が衰弱している場合には頬に少量の綿を入れて(含み綿)膨らませる。

5.創部(傷)にガーゼをあて、包帯または厚めのガーゼでカバーする。

⑤衣服の着替え

1.新しい着物に着替えさせる。※後の納棺などの際に着替えさせようとすると硬直していて難しい場合があるので、予め着替える服を用意しておいて清拭の際に行うようにするのも一つの法です。

2.この際に(死者の宗教を考慮したうえであるが、一般的には)着物は左前にする。

3.衣類の紐は縦結びにすることが多い。

⑥化粧

1.髭を剃る。ガーゼで石鹸と湯で皮膚を湿らせてから、皮膚を伸ばしながら剃る。剃刀は寝かせる。

2.女性の場合には薄化粧する。

3.必要に応じて手足の爪を切る。

4.下顎が下がる時は、タオルを巻いたものを顎の下に挟むか、包帯または三角布で吊るして口を閉じる。

5.瞼が閉じないときは、ティッシュペーパーを小さく切って、瞼と眼球の間に入れて瞼を閉じる。

6.髪を整える。

7.場合により、胸に手を組ませる。(仏教の場合のみ)

8.シーツを交換し、顔を白布で覆い、一礼。

9.遺族に処置の終了を告げ、後片付けをする。

この死後の処置(清拭、湯かんと称することもあります)は、一般に有料です。処置の後、遺体はしばしばストレッチャーで遺体安置室(霊安室)に移され、引き取りを待ちます。自宅で死亡した場合も、主治医が死亡判定をした後に看護師が死後の処置を行うことがありますが、そうでない場合には葬祭業者が行います。

〇遺体の搬送

病院等で亡くなった場合には、遺体を自宅などの安置場所に搬送します。これは「自宅へ下げる」ことを省略して、しばしば「宅下げ」と称します。

自宅その他への搬送は、遺体搬送を目的とした霊柩自動車(通常バン型)によって行われますが、乗用寝台車による搬送も行われます。乗用寝台車は旅客運送を基本としているため、本来的には遺体搬送には不向きとされていますが、慣例的に容認されています。

霊柩運送事業の許可を得ていない葬祭業者の車での搬送は違法とされていますので注意が必要です。このほか、遺族が自家用自動車で搬送することも可能ですが、犯罪等の嫌疑がかかることもあるため、死亡診断書の携行が必要です。

霊柩運送事業の許可を得ていない葬祭業者が自社の車で搬送するのは、有料であればもちろん違法ですし、無料であってもその費用は葬儀施工費用の中に含まれているとみなされますので、原則的に違法と解釈されています。

〇搬送の際の遺体の取り扱い

遺体引き取りの際、連絡を受けた死亡者名、遺族名の確認と共に死亡診断書を確認し、さらにできるだけ医師本人より感染症の危惧その他遺体取り扱いに関する注意をうけることが大切です。

しかし、残念なことに医療機関からはプライバシーの侵害を理由に遺体に関する公衆衛生上の情報は必ずしも充分には与えられていません。6割を超える遺体が何らかの感染症を保持し、さらに約15%は危険な感染症を保持しているというデータもあります。したがって遺体を取り扱う際には、感染症を保持していることを前提にした慎重な配慮が必要です。

このように、遺体の取り扱いは、家族および取り扱う業者に対する公衆衛生上の観点からも慎重を要する事柄です。したがって、マスク、白衣の着用が望ましいのですが、最低限ビニール袋(使い捨て)を着用し、遺体をシーツで包み、遺体を圧迫しないように注意してシーツごとストレッチャーに載せます。体液や血液に素手で触れないように注意します。

終了後は流水で充分に手洗いをし、アルコール消毒を行うと共に、ストレッチャーや搬送車の消毒を行います。

病理解剖後の場合にはしばしば病院で納棺を済ませてから遺体を自宅へ搬送するとになります。

遺体を取り扱う際には、最初に深く一礼し、終始故人の尊厳を守るべく、ていねいに取り扱うことが重要です。

〇献体の場合

献体とは、医学部や歯学部の学生の教育のために行われる解剖実習に遺体を提供する、との本人の意思に家族が同意して、大学医学部、歯学部、医科大学に事前に登録しておくことです。献体登録した遺体に対して行う解剖を「正常解剖」と言います。

大学側は、原則、死後48時間以内の遺体の引き取りを希望しています。

故人が献体登録をしているかどうかを確認し、登録している場合には、大学側と引き渡し方法、日時の打合せをします。

一般的には、通夜および葬儀・告別式を通常通りに行い、出棺では大学側が用意した車に遺体を載せ、火葬場ではなく大学に移送します。献体された遺体は、解剖実習の後、大学側が火葬して遺骨にして遺族に返還されます。通常1~3年かかります。

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現在の葬儀事情

戦後、全国的に葬列がほとんど姿を消し、告別式中心の葬儀に移行していきます。葬儀が通夜と告別式の2日間に集中、短縮され、初七日法要も葬儀・告別式当日に繰り上げて行われることが一般的になりました。さらに会葬者に迷惑をかけられないなどを理由に、葬儀・告別式を1時間内で行うことが一般化しました。

会葬者は会社を休んでの日中の弔問より就業後の夜間の弔問が便利とあって、告別式よりも通夜に訪れることが多くなる傾向にあります。家族・近親者は仮通夜を先に行って、弔問を受けるものを本通夜とし、祭壇も設営して葬儀・告別式と近い形で営むようになりました。

平成13年以降の不況の影響もあり、葬儀の小型化、密葬化もすすみます。葬儀に対するコミュニティの関わりも弱くなり、葬儀の個人化傾向としてその人らしい葬儀への関心の高まり、「お別れ会」方式の葬儀が出現するなど多様化が進んでいます。

また、中陰の7日ごとの法要は省略され、四十九日の法要のみに簡略化される傾向にもあります。

 

現在、葬儀の環境を大きく変えているのは斎場(葬儀会館)です。元来は葬儀の場所は自宅または寺が主でしたが、戦後の家の構造変化や式場環境の快適化などから斎場を望む声が大きくなりました。今では葬祭業者による民間斎場が大幅に増加しています。式場だけでなく、遺族控室、会食室、仮眠設備、駐車設備を整えているのが一般的です。自宅や倉庫改造タイプの小型のものから数十億円をかけた大型のホテルタイプのものまであります。お別れ会や法事利用へ積極的な営業姿勢を見せています。

 

葬儀の場所が斎場に移ったことにより、葬祭業者にはよりきめの細かいサービス、対応が要求されるようになりました。これに伴い、葬祭業の業態も設営、式運営から、遺族のケアも含めた葬儀期間全体にわたるものに変化しつつあります。

そのため、地域で斎場競争が生じるところも多く、斎場建設に経営悪化も見られるようになります。斎場を保有しない場合は、専門的知識・技能およびソフトによる特化を図る必要がでてくるなど、いっそうの経済努力が葬祭業者に求められる時代になりました。

 

昭和63年前後より、湯灌専門業者の誕生や、遺体の消毒・防腐・復元・化粧の技術であるエンバーミング(遺体衛生保全)により、新しい遺体処理が注目を集めています。その他、遺体処理を専門にする納棺師や死化粧なども登場しています。

 

平成2年前後より葬儀の個性化を求める動きも出てくるようになりました。さらに 平成4年以降、報道などから社会の葬儀に対するタブー意識が薄れ、葬儀費用明確化の要望や葬儀の内容への注文、さらには事前相談も増えてきました。行政による消費者向けの葬儀関連セミナーも増加しています。組合などでは、個別業者による相談コーナーの設置や生前予約に関するさまざまなサービスも行われています。地域共同体が主体であった葬儀から、次第に葬祭業者に運営まで任せるよう移行していく中で、葬祭業者のサービスの質の向上が図られています。

しかし、業者依存が進むと、「地域の文化」としてあった葬儀文化は「葬祭業者の文化」になりつつありました。葬儀への批判は「業者主導で営まれる」と葬儀業者に向けられるようになりました。葬祭業者に課せられる葬儀への責任が重くなり、サービスの量的、質的充実など対話を通じて理解を得ていくことがいっそう求められるようになっています。そうして地域の意向を重視していたものが、次第に家族・親族の意向重視に、そして最近では家族・本人の意向重視に変わってきており、葬儀への希望の多様化が進んでいます。

 

平成11年、全葬連は、全国大会で「生活者への宣言」を採択しました。葬祭業者の仕事とは、グリーフ(死別の悲嘆)の中にある遺族を、希望にそって支援することであるとしたのです。

平成13年の消費者契約法で、①事前相談の受け付け、②明朗な価格表示、③ご遺族の想いを大切に、④情報の提供と助言、⑤葬儀の選択・決定権、⑥疑問・不安点への対処、⑦常に改善に努力、➇アフターケアの提供、⑨責任ある対応、⑩信頼される葬儀社に、という10項目を葬儀社の仕事の内容・姿勢として明らかにしました。こうして、葬具提供業・式場設営業・式典運営業から、個別遺族への総合的なサービスを提供する業であると、社会に発信しました。

 

平成4年以降の「葬儀ブーム」に先行して、昭和60年前後より始まった「死のブーム」があります。「死」は、社会的なタブーとしてありましたが、高齢化が進んで終末医療(ターミナルケア)への関心が高まると、治療優先主義の医療への批判がでるようになりました。病気の最終段階において、患者本人の生活を犠牲にするのではなく、患者の「生命」「生活」の質(クオリティ・オブ・ライフ、QOL)を尊重した「ケア」が大切だとする批判です。

「死に方」は医者に決定権があるのではなく、患者本人に決定権があるべきだとする「死の自己決定権」の主張です。また医療情報の本人への開示と治療方法への同意(インフォームド・コンセント)が重要との認識が社会的に共有されつつあります。これにより「尊厳死」への関心も高まりを見せています。こうした「死のブーム」によって葬儀への関心の高まり、葬儀や墓に本人の意向を優先して生かすべきだとする「死後の自己決定権」が提唱されるようになりました。

 

戦後民法の改正により家制度が変わり、核家族化・少子化の進行もあり檀家制度は弱くなりました。それまで仏教葬の割合は9割以上を占めていたものの、寺院離れにより儀式のためだけの仏教寺院依頼が増えていきます。戒名および戒名料への批判もあり、近年では「お別れ会」「偲ぶ会」といった無宗教葬も見られるようになりました。

 

お墓も変化の中にあります。昭和35年以降、核家族化により都市圏で墓地需要が増え、公営霊園だけでなく、民間の霊園開発も行われました。その一方で、地方の寺院墓地が過疎化の影響を受けるといったような、対照的な様相を呈するようになりました。

また、「家墓」形態は核家族・少子化が進むことにより無縁化を招き、承継の問題が問われるようになりました。男子あるいは長子承継の墓地運営規則も見直され、両家墓(結婚した女子が承継のため2つの家名を並べる)や家名を刻まず「愛」「夢」などの言葉を刻む墓(=無家名墓)、あるいは承継者がいなくてもよい墓(永代供養墓)、30年、50年と期限のある有期限墓地、合葬墓や大規模納骨堂と多彩な墓が登場しています

さらに、都市における墓地開発の環境の面から、遺骨を墓や納骨堂に納めないで散骨する自然葬や海洋葬なども登場しています。しかし、墓埋法などが前提としていないケースだけに、法制化の必要なしとする意見と、住民から法制化すべきとの意見に分かれています。平成11年には山林環境を保護するため墓石などの人工物を一切用いない樹木葬墓地も誕生しました。高齢社会が本格化する中で、葬儀と墓をめぐる環境は大きく変化しつつあると言えます。

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戦後の葬儀

昭和20年に第二次世界大戦は日本の敗戦で終結しますが、戦争終結直後の数年は物資不足、インフレで国民生活は混乱しました。しかし、その後の朝鮮戦争の特需景気もあり、日本経済は次第に立ち直り、葬儀も復興し変化していくことになります。

 

戦後の変化の一つは、祭壇や葬具です。昭和28年前後に祭壇、棺、繊維などの葬具製造・販売業者が続々と誕生します。それまでは葬祭業者が自分で製作していましたが、仕入れて使用するようになり、地方特有の葬具は姿を消してバラエティに富んだ商品開発が盛んになっていきます。高度経済成長に合わせるように蛍光灯使用祭壇などが使用されるようになり、昭和35年以降は「葬儀=祭壇」とも言うべき図式が成立するまでになりました。

 

昭和20年代後半は「虚礼廃止」の名の下で自粛、制限が申し合わされ、自治体による公営葬儀も登場しました。貧富の格差も大きかったという事情が背景にあったようですが、   葬祭業者にとっては打撃となることで、各地で反対運動が展開されると共に、これを一つの契機として昭和31年に全日本葬祭業組合連合会が誕生します。発足時の全葬連への加入組合数は13、構成した業者数は851でした。現在葬儀の全国シェアの3割以上を占めるにいたった冠婚葬祭互助会が誕生したのは、戦争終結後間もない混乱期の昭和23年のことです。

横須賀の西村葬儀社が、蓄えもなく満足に結婚式や葬式をあげられない当時の事情を考慮して開始した横須賀市冠婚葬祭互助会がその最初です。当時の普通会員の掛金15円(満額1、800円)で期間は10年でした。

これを昭和28年に日本経済新聞が記事にしたことで、冠婚葬祭互助会が全国各地に誕生します。互助会は月々定額積立で安価に結婚式や葬式ができるということで急激に普及していきます。通産省(当時)の管理下におく「割賦販売法改正」が国会で成立され、前払金の保全を行う互助会保証(株)、全国の互助会を傘下におく社団法人全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)が発足しました。

 

安価な葬儀ということで、葬儀料金の体系化・明朗化に影響をおよぼし、専門業者の団体である全葬連も各地で標準仕様作りを進めるところとなります。互助会においては、地方色を薄れさせ、葬儀の全国的な標準化、商品のパック化を進めたとの見方もあります。

現在、葬儀ローンや共済制度、あるいは保険を利用した新たな葬儀システムが登場していますが、顧客獲得と葬儀費用の支払いをシステム化し成功した最初のものが互助会でした。

専門業者の集まりである全葬連は、全国の組織化を進めると共に、昭和43年には「葬祭サービス業」を標榜するようになります。都市化や核家族化の進展によって、葬儀運営の主体が、それまでの地域共同体から業者に移行するという変化に対応しようとするものでした。葬具提供業から葬儀運営まで請け負う葬祭サービス業へ、「ハード中心からソフト中心へ」という現在まで続く業態転換となりました。全葬連は昭和50年に通産省認可の全日本葬祭業協同組合連合会へと発展します。(2003年の加入組合数57、所属業者数1562)

 

農協は、葬具貸出を大正末期より始めていましたが、業者依存する葬儀が増える昭和40年以降、葬祭事業を開始する農協が増えてきました。自前の葬祭センターを設けて本格的な事業化を図るようになり、また員外利用(組合員以外の利用)の増加しましたが、各地で既存業者との摩擦も増えていました。

 

戦後になり病院死が増え、葬祭業者と病院との提携が進みます。この頃より企業・団体と契約する営業方法が現れてきます。特に昭和60年以降はこの傾向が強く、構成員の福利厚生を考える生協、企業、団体、労組の意向と合致したこともあったようです。

 

大正時代から昭和の戦前にかけて霊柩車が利用されるようになりましたが、宮型霊柩車の使用が増えていくのは昭和35年以降のことです。交通の近代化、激化が地方にもおよぶところとなり、高度経済成長の波とともに宮型霊柩車が全国に普及しました。それと同時に各地で葬列が姿を消し、告別式にとって代わられるようになりました。

霊柩事業はもともと運輸省(現・国土交通省)陸運局による免許事業でした。社団法人全国霊柩自動車協会(全霊協)が協業化などによる構造改善事業を推進し、免許制から許可制に、さらに2003年には事後届出制となって自由化がいっそう進みました。全霊協は昭和22年に六大都市霊柩自動車連絡協議会を作り、社団法人として認可されている葬儀関連業界最大規模の組織です。

霊柩車は宮型が全盛となっていましたが、平成5年以降はバン型の輸入あるいは国産の洋型霊柩車が増加しています。

 

  • 霊柩車の車種別割合     宮型    洋型    バス型    バン型

1998年  38.4%   5.7%    11.6%    44.3%

2003年  33.2%   12.2%    9.6%    45.0%

 

戦前の昭和15年に55.7%と初めて過半数に達した火葬率は、戦後一気に上昇すると、各地方自治体で火葬施設の新設、統廃合、改善が推進され、昭和35年に63.1%と6割をこえ、昭和55年91.1%、平成13年には99.1%となっています。これは世界一の高水準です。

現在では「火葬場らしくない」近代的施設として無煙化、無臭化、緑地化を進め、地域住民の嫌悪感をなくすため「斎場」などと称するところが多くなりました。昭和47年に日本火葬施設整備管理協会が厚生省の肝入りで発足し、平成7年には、にほん環境斎苑協会が発足しました。阪神大震災で火葬場の一部が稼働停止し大きな影響がでたことから、災害時の対策、周辺火葬場との連携にも取り組んでいます。

 

火葬をめぐる地域習俗の違い、火葬を葬儀のどの時点で行うか、拾骨の方法などは、全国で大きく2つに分かれます。東京や関西その他では葬儀・告別式の後に火葬を行いますが、北海道や東北地方全域、関東北部や北陸、中国地方の一部などは葬儀・告別式に先立って火葬を行います。これは古くからの慣習というよりは、火葬導入にあたって、多くの地域で火を土葬の代わりと考えたのに対し、前記の地域では葬儀の最終局面を墓地への納骨と見る考えから火葬を葬儀・告別式に先行させたものとおもわれます。

また拾骨の方法は、日本列島を能登半島と静岡中部を結ぶラインで分けると、東側と西側一部が全部拾骨、大部分の西側では部分拾骨で、骨壺の大きさが異なります。

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明治時代の葬儀

江戸時代は士農工商という身分制度が支配しており、葬儀の奢侈(ぜいたく)化を嫌う行政権力から身分ごとの葬儀基準が示され、葬儀の簡素化が奨励されていました。明治に入り、この身分制度が取り払われることによって特に都市において大きな変化を招きます。

その第1は、日中に葬儀が行われるようになったことです。それ以前は夜になってひっそりと葬儀が組まれていたのですが、台頭した商人層を中心に日中に見せびらかすかのような葬列が登場してきます。

第2は寝棺および輿の登場です。江戸時代には座棺でしたが、富裕層では葬列の肥大化と共に寝棺が使われ、白木であつらえた輿に入れ大人数で運ぶようになりました。そしてこれが財力の象徴と受け取られるようになります。今でも東京、関西で白木の宮型霊柩車が上等とされるのはここに起因します。他方庶民は座棺が中心で、籠あるいは神輿型の黄金色に飾られた人力車で運んだりしました。

第3はさまざまな葬具の出現です。葬列を彩るために野道具と言われた葬具が立派になっていきます。金蓮、銀蓮、生花や造花を挿して車仕立てにした花車、鳩を放つ放鳥もこの頃出現したものです。鳩を運ぶ放鳥興、位牌を運ぶ位牌興、香炉を運ぶ香炉興なども出てきます。近代的な葬具の歴史の始まりと言ってよいでしょう。こうした葬具の提供で、専業化が進み、葬儀社の前身である貸葬具を業とする葬具屋が出現するところとなります。

第4は、粗供養の大型化です。葬儀となる地域の人に食事を振る舞うという習慣は、江戸時代から行われていました。また、葬列の出発の際に花籠のバラ菓子や小銭を入れ近隣の人に振る舞い供養としたなども既にみられたことで、粗供養の起源と思われます。葬儀が大型化すると、会葬者全てに対して菓子包み、饅頭、弁当を配るという今日の粗供養(会葬返礼品)の原型ができてきます。喪家側も不足すると恥ずかしいと大量に準備するようになりました。(「喪家」は、古くは「ソウカ」と読みました。関西では「モケ」、関東では「葬家」とも書き「ソウケ」と読みます。)

第5は、人夫の出現です。大きな葬列を演出するには多くの葬具運搬人や多数の参列者が必要となります。20人くらいから中には千人を超える人夫が動員されたとの記録があります。こうした葬祭業者は葬列用の衣装を揃え、また貸衣装も行ったと言われます。

葬列、葬具が大きく立派になるのは、都市においては富裕層から次第に一般庶民に影響するところとなっていきます。葬列の肥大化は明治20年くらいから10年間をピークとしており、明治30年代になると逆に葬儀の奢侈(しゃし)化が盛んに非難を浴びるようになってきます。葬儀における貧富格差が明確になると共に、地方との違いもまた大きかったのがこの時代の葬儀でした。

葬儀を業とする者の出現は江戸時代に遡ります。江戸時代の後期には、座棺(桶)を制作する、桶屋と呼ばれた業者の存在が見られます。しかし本格的な出現は明治時代に入ってからで、参列の人夫の手配業、葬具の制作、貸出業という形で始まります。葬祭業者の起源は大きく4つに分類されます。

①棺、葬具製作から転じたもの(カンヤ、ガンヤ、オケヤなどと呼ばれました)

②造花製作から転じたもの(ハナヤなどと呼ばれました)

③葬列の手配から転じたもの(カゴヤ、ソウレンヤなどと呼ばれました)

④食品業から転じたもの(葬儀の食料品の調達から葬具の貸し出しも行うようになったもので、八百屋、乾物屋などから転じたものです)

第二次世界大戦前の葬祭業者は葬儀の運営までを担うことはほとんどなく、葬具の制作・貸し出しを中心とした「葬具提供業」でした。

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近世・近代の火葬の歴史

仏教葬と火葬には密接な関係があると言われています。明治29年のデータでは火葬率は26.8%となっていることから、江戸時代の全国の火葬率は2割程度ではなかったかと思われます。

しかし、江戸(東京)や京都などの大都市および浄土真宗の勢力の強い北陸地方では火葬率が高かったようで、火葬率が65%を超えている都道府県は、北海道、東京、新潟、石川、富山、福井、大阪、広島の8つです。京都市では、明治時代初期に市街化墓地への土葬が禁止されたこともありますが、1906(明治39)年の時点で既に80%の高率を示していますから、江戸時代にあっても火葬がかなり普及していたものと思われます。

 

しかし、明治政府は1873(明治6)年に火葬禁止の布告を出します。火葬は仏教的であるとの理由です。これにより東京の火葬寺が火葬の長所を訴えた『火葬便益論』を述べます。そこでは、土葬にすれば面積をとり墓だらけになる、火葬にすれば遺骨を簡単に郷里に送ることもできる、分骨も可能と、都市生活に便なることを強調します。仏教の思想をからめなかったのは神道の国教化を進める政府に配慮してのことでしょう。

 

そのため政府は2年後にはこれを撤回します。その許可条件として、市街化から離れること、臭煙が人の健康を損なうことのないよう注意して煙突を高くすること、火葬場と墓を分離することなどが記されています。京都市は市街化にある寺院墓地への土葬を禁止し、東京も明治24年には市街地での土葬は禁止しました。

 

当時の火葬は夜の8時から10時までの深夜に行い、拾骨は午前8時から午後3時に行うことと定めてあります。明治17年に「墓地及埋葬取締規則」が制定されています。昼間火葬、即日拾骨が可能となったのは昭和2年、東京の町屋火葬場が重油炉火葬を導入して以降のことです。

火葬が推進されたのは明治30年の伝染病予防制定以降です。法定伝染病患者の遺体は原則火葬と定められました。現在、火葬場および墓地は「墓地、埋葬等に関する法律」(墓埋法)によって管理されており、厚生労働省の管轄です。明治以来、墓地や火葬は公衆衛生の観点で行政に理解されていたことがわかります。

江戸時代には、仏教寺院に「火屋」と呼ばれる火葬施設がありましたが、伝染病予防法制定以降は火葬場の統廃合、改修、新設も進み、自治体もこの経営に参加するようになりました。

全国の火葬率は順調に上昇していきます。明治29年の26.8%から明治42年には34.8%となり、1940(昭和15)年には55.7%と過半数を超えるようになりました。しかし火葬場は毎回設営する必要があったため、火葬は高額な葬法として理解されていました。したがって、火葬場での荼毘は貴族・武士階級のものでした。庶民が火葬する場合には、野焼きを行っていたようです。

江戸時代になると寺院内に炉を設けた火葬施設ができてきましたが、燃料を薪などに頼るため火力が弱く時間がかかりました。また火葬の煙や臭いによって付近の住民に問題を生じていたようです。

明治時代になると公衆衛生を理由にその管理も厳しくなり、建物内に火葬炉を納めた近代的火葬場第1号として、明治11年に浄土真宗本願寺が建設した「両本願寺火葬場」(現在の京都市中央斎場)があります。

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